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即興小説「声、故障」



昔々あるところに、というよりも、昔からどんなところにも、何よりも声を大切にしている少女が暮らしていました。

少女は毎日死にたい死にたいと考えていたので、心の瞳を既に殺していました。

それは初めて世界に瞳を見開いた瞬間に少女が行ったことでした。

ゆえに少女は、心の瞼を閉ざすことで新しい耳と美しい声を手に入れることができたのです。

もちろん、その条件として、それは彼女自身には見えないし聞くことさえできません。

つまりそれを彼女自身自覚できないということが、周りの人にもより自覚されづらい状況を作っていきました。

もちろん、誰かに認められたくて彼女は生きているわけではありません。

彼女は死にたい死にたいと思いながらも自分を死に至らしめることに対する罪の重さを家族の代わりに勝手に背負い耐え忍ぶだけの理性と強さを元々生まれた時から持ち合わせていたのですから。

そのために心の瞼が開いたのであれば、一体それはどのような瞳でしょうか?

そのために美しい声があるのであれば、一体それはどのような声でしょうか?



昔々あるところに、というよりも、時折どこかに、故障しない喉を持った少年が暮らしていました。

彼は自分の声になど全く興味がなかったので、歌も声も出すこともしゃべることも特に好きだとも嫌いだとも考えたこともありませんでした。

それが良かったのかもしれません。

美しい声を持った少女は故障しない喉を持った少年に恋しました。


その理由が分かりますか?

これはクイズでも何でもありません。

私が誰かに真実を問う時、私は私の真実を一つ 明け渡さなければなりません。

その等価交換でしか行うことのできない価値の交換があります。

それは新しい仮想の通貨として流通しているいまや信頼と呼ばれるものです。

もっと簡単に言うなら やさしさ。

さらに元を正すのであれば 透明。

さらにその根本に私でも あなたでもない心の瞼の内側の世界。

故障しない喉で少年は叫びました。

何年間も何年間もずっと同じことを叫んでいました。

つまり、故障しない喉を持っていた少年は、それまでに 本当の声を出したことが一度もありませんでした。

美しい声を持つ少女に出会うことで少年は自分の声を知りました。

そして初めて涙することを覚えてその涙に乗せずっと声を震わせました。彼は自分自身の声でならどうにか自分を殺せるんじゃないかと考えていました。

彼は不死身の喉を使って何十体もの自分を殺し続けるみたいに叫び続けました。

それによって周りの人たちはどんどん幸せになりました。

その幸福の波が彼の体に押し寄せ、それに打ち寄せる彼の声は鋭利な美しさを増していきました。それは一般的には快楽とか依存とか呼ばれるものへと紐付いていきました。

さらに彼は神聖な怒りで自分自身を殺そうと叫び続けます。

美しい声の彼女は、その声を聞くたびに涙を流し、 虹のように彼のことを抱きしめました。

抱きしめられるたびに、彼の 喉から1枚 2枚と鱗が落ちるように何かが剥がれていきました。

その鱗が落ちるたびに、彼の声は、別の誰かの声のように どんどん変わっていき、そして最後の1枚が剥がれると、彼の不死身の喉は醜く濁った声を吐き出すようになりました。

そこで初めて2人は安心して暮らし始めました。



あなたの声が好きなの

誰にも聞かせたくない

私の部屋で抱きしめて

私のことだけ 震わせて



君の体が好きだよ

心 そのまま 綺麗だよ

僕の部屋でだけ 踊る影

君のためにだけ歌うから



二人で いつか 図書館に

その手前にある本棚を

もっと手前に指先が

さらにぎゅうって

抱きしめて



私たちの本を編んで

ページは部屋で揺れる風

私たちの歌を編んで



メロディーのなかへ



おやすみなさい






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